ですから、脳の物質にほんの軽い変化が起こるだけで、精神全体が冒されたように見えるのです。私は或る種の毒が意識にもたらす結果について、さらに一般的に脳の病気が精神生活に及ぼす影響について話しました。この場合、狂うのは精神そのものでしょうか、それとも精神がものの中にはまりこむそのメカニズムが狂うのでしょうか。気違いがおかしなことを言うとき、彼の論旨はきわめて厳密な論理の基準にかなっていることがあります。脳を冒された人の話を聞かされたら、きっとあなたは、彼の犯している過ちは論理的すぎるということにあるおっしゃるでしょう。彼は間違った議論をしているのでなく、ちょうど夢見る人のように現実とは別に、現実の外で議論しているという過ちを犯しているのです。

『世界の名著 ベルクソン』p.184.

これを読むと、平野啓一郎『空白を満たしなさい』に出てくる男のことを思い出す。